どうも、TJです!(自己紹介はこちら)
今回ご紹介するのは、「確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力 (角川書店単行本)」です。
日本を代表するマーケターである、株式会社刀の森岡毅さんと今西聖貴さんが書かれた本で、森岡さんが提唱する「数学マーケティング」の要点から、具体的な調査手法まで、余すところなく盛り込まれています。
それではさっそく見ていきましょう!
結論
本書の結論を先にお伝えすると、「ビジネス戦略の成否は『確率』で決まっていて、その確率を高めるために最も重要なのが『プレファレンス』である」ということです。
本書を読めば、戦略の確率を事前に知り、コントロールしやすい領域とコントロールできない領域を見分け、経営資源をコントロールできる領域へと集中させることで、成功確率を劇的に高めることができるようになります。
「序章 ビジネスの神様はシンプルな顔をしている」より引用
「確率と聞くとなんだか難しそう…」と思う方も多いと思いますが、今回は重要なポイントに絞って分かりやすく解説します。
それではさっそく見ていきましょう!
市場構造の本質とは?
まずは、マーケティングの主戦場である「市場」についてのお話です。
市場構造を理解することで、コントロールできないものに経営資源を投じて消耗することや、踏んではいいけない地雷を避けて企業戦略を構築することができます。
では、その本質は何か?
市場構造の本質は「消費者のプレファレンス」です。
プレファレンスとは、消費者のブランドに対する「好み(好意度)」のことで、以下の3つで決定されます。
「ブランド・エクイティー」は「ブランドが消費者に提供する目には見えない価値」のことで、全てに優先してプレファレンスを支配する最重要な要素です。
市場シェアはプレファレンスそのものです。
つまり、異なるカテゴリーにも、異なるブランドにも、また異なるブランド間にも、消費者のプレファレンスのみによって決定される「確率」に支配された共通の仕組みが存在するということです。
これは、「デリシュレーNBDモデル」によって証明されています。(詳細は後述します)
そのモデルにおいては、「消費者の購買行動が4つの仮説(法則)に支配されていること」が示唆されています。
要するに、消費者は必ず頭の中に購入候補となるいくつかのブランドを持っており、それらに対するプレファレンスに基づいて、それぞれのブランドを購入する「確率」が決まっていて、購入時にはその中から確率に従ってランダムにブランドを選んでいるということです。
購入候補となるブランドの組み合わせをマーケティング用語で「Evoked Set(エボークト・セット)」と呼びます。
例えば私がビールを買う場合、一番搾り、プレミアムモルツ、スーパードライ、エビスの4つがエボークト・セットになります。
それぞれの購入確率は上から大体50%,30%,15%,5%ぐらいでしょうか。
結論として、「市場競争とは、1人1人の購入意思決定の奪い合いであり、その核心はプレファレンスである」ということになります。
ちなみに、この「プレファレンス」を定量調査を基に可視化する方法を元スマニューの西口一希さんも「実践 顧客起点マーケティング」の中で解説していますので、ぜひ併せてご覧ください。
戦略の本質とは?
ここからは、いよいよ戦略の話に入っていきます。
戦略を考える上で重要なポイントは以下の3つです。
その中でも、最重要で戦略の本質にあたるものが「消費者のプレファレンス」です。
戦略、つまり経営資源の配分先は、結局のところPreference(好意度)、Awareness(認知)、Distribution(配荷)の3つに集約されるのです。
「第2章 戦略の本質とは何か?」より引用
その中でも無限の可能性を持っているのはプレファレンスのみですから、戦略の究極的な焦点は消費者プレファレンスを高めることです。
森岡さん曰く、この3つに絞って戦略を考えることで、「勝てる戦」を格段に早く見つけられるようになります。
それでは、ひとつずつ見ていきましょう。
Awareness:認知
「認知」については、Aided Awareness(ブランド名で誘導されて計測された認知)とUnaided Awareness(ブランド名で誘導されないで計測された認知)の2つが代表的です。
前者は「USJを知っていますか?」という質問で得られた認知率、後者は「テーマパークや遊園地の中で思い浮かぶブランドは何ですか?」という質問で得られた認知率です。
前者は認知の最大面積を測定するのに適しており、データの均一性に優れています。
森岡さんがより重視しているのは後者で、すなわり、消費者のEvoked Setの中に入っているかどうかと同義です。
消費者が最初にブランド名を挙げる名誉な割合を「第1ブランド想起率」と呼びます。
注意すべき点としては、認知率を20%→40%に上げるのと、70%→90%にするのではかかるマーケティング費用は何倍も違うということです。(後者の方が高い)
費用に対して認知率伸長の効果は逓減していくからであって、認知を伸ばす戦略とそれ以外の戦略でどちらの費用対効果が高いかは検討が必要になります。
Distribution:配荷
配荷率とは、「市場にいる何%の消費者がその商品を買おうと思えば物理的に買える状態にあるか」という指標です。
小売店で言うと、棚に自社の商品を置いてもらえているか?売り場に占める自社製品の割合はどのぐらいか?ということです。
売り場の面積割合を増やすだけではなく、「配荷の質」をプレファレンスに合わせて改善することも重要になってきます。
具体的には、商品の最小管理単位であるSKU(Stock Keeping Unit)や、SKUの組み合わせがプレファレンスと噛み合っているか、棚の有利にな位置に置かれているか、などが挙げられます。
※SKU…ざっくり言うと店舗あたり何種類の商品が配荷されているか
Preference:好意度
それではいよいよ、戦略の本質である「消費者プレファレンス」について解説していきます。
結論からお伝えすると、消費者のプレファレンス、すなわち自社ブランドが選ばれる確率(P)は以下の負の二項分布の数式で表現することができます。
ここで、Mは「自社ブランドをすべての消費者が選択した延べ回数を、消費者の頭数で割ったもの」で、「自社ブランドへの1人あたりの投票数」と言い換えることができます。
Kは確率分布の形状を支配していて、Mによって結果的に決まります。
Mが増えるとKも増えて購入確率のバラツキは大きくなる、つまり、購入頻度の高い人の割合が増えて右方向に分布が拡がるという性質があります。
プレファレンスを伸ばすためには、水平拡大と垂直拡大の2つの選択肢がありますが、森岡さん曰く、水平拡大の方が成功確率は高いです。
なぜなら、既存顧客を深掘りするよりも、その外を耕す方がマーケットがずっと大きい場合が多いからです。
また、Mを増やすために誰をターゲットにするか?がマーケティングにおける「WHO」にあたります。
注意すべき点は、「消費者を区切ってターゲティングすることはMを増やすためであって、決して自社ブランドのMを狭めるためではない」ということ。
自社ブランドの市場全体におけるプレファレンスを拡大するのが目的であって、ターゲティングは手段の1つに過ぎないということを肝に銘じておきましょう。
ターゲティングをすることで、既存顧客のプレファレンスを毀損することはあってはなりません。
戦略はどうつくるのか?
では、具体的にどう戦略をつくっていくのか。
私の中での戦略づくりは「つくる」というよりむしろ「さがす」という感覚です。
「第3章 戦略はどうつくるのか?」より引用
戦略は必ずそこにあるものだからです。
戦略を「さがす」ために、まずは売上を支配している要素が何であるか、それらがどう機能して売上が決まっていくのか、その仕組みを理解する必要があります。
ブランドの売上を支配する要素(ビジネスドライバー)は7つあります。
売上の基本的要素 | コントロール | 1(主要因) | 2 | 3 | |
---|---|---|---|---|---|
1 | 認知率 | ◎ | 認知ドライバー (TVCM,WEB広告等) | 広告量 | 店頭活動 |
2 | 配荷率 | ○△ | プレファレンス | 店頭状況 | 取引条件 |
3 | 過去購入率 (延べトライアル率) | ○ | プレファレンス | カテゴリー購入回数 | 配荷率 |
4 | Evoked Setに入る率 | ○ | プレファレンス | ポートフォリオ内の銘柄数 | 配荷率 |
5 | 1年間に購入する率 | × | カテゴリー購入回数 | プレファレンス | 配荷率 |
6 | 年間購入回数 | × | カテゴリー購入回数 | プレファレンス | 配荷率 |
7 | 平均購入金額 | ◎ | サイズ選択肢・値段 | サイズの好み (プレファレンス) | サイズ別配荷率 |
以下は、これら7つの要素を基にした売上予測モデルです。
非常にシンプルですが、威力抜群です。
この式は逆算に使うことが多く、必要な「年間売上」や「年間購入者の割合」を設定し、それらを実現するために必要な認知率や配荷率を計算します。
戦略はゴールから考える
仕組みが理解できたところで、次にすべきなのは「目的」を考えることです。
目的なくして戦略の出番はありません。
「結局あなたはどうしたいの?」という話です。
企業のリーダーにとって、その目的設定こそが最初の、最重要な仕事になります。
※こちらの記事も併せてご覧ください。
到達地点の景色を明瞭に描く
目的が決まったら、次にやるべきは「その目的が達成されているときの状況を想像力と数値を使って徹底的に考えること」です。
富士山でも頂上から見下ろした方が、樹海から見上げるよりもどのルートを上るべきかが明瞭に分かるように、戦略は必ず達成したい目的付近の地形を明確にしてから逆算で組んでいきます。
特に、目的が達成された時の主なビジネスドライバーがどうなっているか具体的な数値を当てはめていくと、目的達成に必要ないくつかの条件が見えてきます。
次に、その条件を達成するために、現状とのギャップをどう埋めていくか?そのための戦略を考えていくのです。
例えば、「3年以内にUSJの集客数1000万を達成する」という目的を2010年に掲げた森岡さんは、次のようなことを考えたそうです。
1000万人を集客するのに必要なブランドの強さはどの程度必要だろう?
「第3章 戦略はどうつくるのか?」より引用
キーとなるブランド・エクイティーは何で、認知率はどの程度になっているべきだろう?
1000万人の「M」の内訳(年齢別、性別、エリア別)はどうなっているだろう?
通常チケット入場者と年間パス来場者の割合、それらの値段はどうなっているべきだろう?
アトラクションやイベントは何をどのくらいの頻度で行っているべきだろう?
今の組織にどのような人材を補強しなくてはならないだろう?
組織が獲得すべき能力は何だろう?
新たに整備すべき組織システムは何だろう? などなど…
これらはほんの一部に過ぎないと思いますが、とにかく広い視野で徹底的に考えることが重要です。
アートをサイエンスで検証する
到達地点の景色を描くというのはアートな部分なので、その後に必ずサイエンスで検証する必要があります。
森岡さんの場合は、目的達成に必要な諸条件を変数として、需要予測モデルなどに具体的な数値を当てはめて現実感のあるシナリオを明確化していくそうです。
そうすることで、想像の産物だった条件の組み合わせが戦略(目的を達成するシナリオ)へと変貌を遂げていくのです。
プランBを考える
森岡さん曰く、戦略を導き出すときは必ずプランBを考えるのが鉄則です。
つまり、同じ目的をできる限り違う道筋で達成する戦略を考えてみるのです。
なぜこれが必要かというと、プランBを考える過程で、プランA(最初に考えた戦略)を相対化することができ、その脆弱さや盲点に事前に気づくことができるからです。
場合によってはプランBの方が成功確率が高くなることもあるかもしれません。
数字に熱を込める
目的を設定し、その目的を達成するまでの戦略を描いたら、最後にやるのは「数字に熱を込める」ことです。
この言葉は、森岡さんが出演したNHKのドキュメンタリー番組「プロフェッショナル仕事の流儀」でも取り上げられていたので、覚えている方も多いのではないでしょうか。
数字とは「情緒を排した成功確率の高い戦略のこと」であり、その意思決定には熱は必要ありません。
むしろ、情熱や感情は邪魔になるので極めて冷徹に、目的に対して純粋に確率が高いものを選ぶだけです。
熱が必要なのはその戦略で行こうと決定した後です。
「熱」は人に伝わるのです。
「第4章 数字に熱を込めろ!」より引用
人々の中心に立つリーダーの圧倒的な熱量は、直接それに触れた人から、その部下や周辺へ、そしてそのまた周辺へ拡散していきます。
(中略)
だからリーダーは戦術のど真ん中へ出向いて、彼らが達成すべき目的が何なのか、彼らの困難が何のためなのか、彼らの頑張りが組織の未来にとってどれだけ大切か、「熱」を伝えなくてはいけません。
「熱」とはつまり、「戦略家本人の意志の力であり情熱の力」のことです。
戦略家は数字に裏打ちされた氷のような冷徹さと、涸れることのない執念を燃やしたマグマのような情熱を併せ持つことで、ようやく組織を困難なゴールに導くことができるのです。
日本コカ・コーラ元社長の魚谷雅彦さんが書かれた「こころを動かすマーケティング」にも、熱意を持って最後までやり抜くことの大切さが語られていますので、ぜひ併せてご覧ください。
まとめ
いかがだったでしょうか。
森岡さんが提唱する数学マーケティングの概要と、戦略家として心得るべき大事なポイントがお分かりいただけたのではないかと思います。
森岡さんは、マーケティングに対する信念を次のように語っています。
マーケティングはアートだという人がいます。
「第3章 戦略はどうつくるのか?」より引用
たとえば、戦略分析でどれだけ客観的な情報を集めたとしても、その状況をどう読むのかという判断は確かにアートです。
しかし、私はマーケティングをアートからできるだけサイエンスに近づけたいと考えています。
マーケティングは、どれだけ成功確率を高められるかを模索し続ける「科学」を基本としなくてはならない。それは私の信念です。
アートではなく、汎用性の高いサイエンスに落とし込むことで、日本を元気にするマーケターが増えてほしい、そんな森岡さんの思いが伝わってきますよね。
本書の後半では、株式会社刀のシニアパートナーである今西聖貴さんが、USJでも実践された「市場調査」や「需要予測」の具体的な手法についても解説されているので、興味がある方はぜひ本書を手に取ってみてください。
また、「もう少しライトに統計について学びたい」という方におすすめの本をまとめた記事がありますので、ぜひこちらも併せてご覧ください。
ではまた!
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